1933年(昭和8年)に創立され、約90年の歴史を持つ汎美術協会。創立以来、階層性を廃し自由な表現と発表の場を創設することを目指し、美術活動を続けている。東京都美術館で開催中の「2022 汎美秋季展」(2022年9月28日~10月5日)に伺って、代表の中西祥司氏に話を伺った。
―はじめに、汎美術協会の歴史や理念について、教えてください。
- 汎美術協会は、1933年に「新興独立美術協会」として創立されました(1946年に汎美術協会と改称)。創立前年の1932年に日本は国際連盟を脱退し、軍の政治力が強まり、戦争に向かっていく時代でした。
- 美術会も官展を頂点に権力機構が整備、強化されていきました。そういう社会・美術状況の中、階層性を廃し「自由な表現と発表の場」を創設することを目指して美術運動を開始しました。
- 会の基本方針は、フランスの「アンデパンダン展」に学びました。「すべての作家は平等である」という考えから、展覧会は無鑑査・無審査、作品をランク付ける賞もありません。
- それは創立以来、現在に至るまで受け継がれています。89年という長い歴史の中で何世代にも亘る先輩方の苦労や努力があって、現在があると感じています。
―毎年春に汎美展、秋に汎美秋季展を開催されています。どんな特徴があるのでしょうか。
- 自由と平等が当会の理念なので階層制などはまったくなく「どの先生の流派だから」などといった区別はありません。また、会員と一般出品者の区別もなくすべての作家が平等です。「自由な表現、自由な発表の場」ということも大切にしており、作品の大きさも、基本的に自由です。天地左右約5mの範囲まで出品できます。
- 展示位置はくじ引きですが、前回からデジタル抽選でより公平に決めています。これは汎美術協会ならではの特徴ですね。抽選の結果、会場の一番目立つ場所に大先生ではなく初出品の作家の作品が展示されるということもあります。「初参加の私の作品が、こんないい場所に!」と、ビックリしていた作家もいましたよ。作品のジャンルによる区別もなく抽選するのでいろいろ入り混じって、変化に富んだ空間になっていると思います。
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- 春の「汎美展」は国立新美術館で開催しています。今年は第60回の記念展だったので、記念講演会「表現の自由とアンデパンダン」を開催しました。元々2020年の開催予定でしたがコロナで国立新美術館が開催直前に突然休館になり、昨年も開催できず「2022 汎美展」に持ち越しとなりました。
- 愛知トリエンナーレで表現の自由や学術会議に対する公権力からの介入もあり、汎美術協会のアイデンティティを振り返る良い機会と考えました。第一部の基調講演を美術評論家の千葉成夫氏。パネルディスカッションには千葉さんに加え、多摩美術大学絵画科名誉教授の堀浩哉氏にも参加してもらい、充実した講演会を実施することが出来ました。
―今回は、壁いっぱいの大作やインスタレーション、キルトなど、バラエティに富んだ個性的な作品が多数出品されました。
- 今回の秋季展は毎回出品していたベテラン作家の出品が減り、その分新人作家が増えましたが、充実した展示ができるのか、壁の緊張感を維持できるのか不安もありました。しかし、展示してみたら、意欲的で力強い作品が多く、バラエティにも富んだしっかりとした良い展示になったと思っています。
壁いっぱいの作品や立体など
キルトの作品
パフォーマンス
- 初参加で巨大なサイズの作品やキルト作品を出品した作家、絵画と一体化したパフォーマンス作品もありました。いずれにせよ意欲的な作品が多かったですね。
- このように個性的で多様な作品が並ぶのは、当会が「表現の自由」を大切にしてきた結果だと思います。
- 実は、この秋季展の前、個人的にヨーロッパを来訪し、ヴェネツィア・ビエンナーレを観てきました。今回のヴェネツィアは、いま世界が抱える問題、差別や分断がテーマになっていました。その表現は多種多様で壁に掛かっている作品は少数派でした。今、定義できないのが現代美術と言われている様に、「こんなものもアートなのか」と驚かされる作品が数多くありました。そうした世界の最先端の現代美術を見てきた直後ということもあって、アートとは何か、改めて柔軟に考えるべきであると強く感じました。
- 今回、秋季展に出品したキルト作家は自身の作品をキルト展ではなく現代美術の作品と同列に展示されたいという強い思いから出品したと。今年のヴェネツィアで、ポーランド館がロマのキルト作品を壁全面に展示しました。それはキルト作品が現代美術の仲間だと認められた証でした。キルト作家の間でニュースになっているそうです。
―今後の汎美術協会の活動や展覧会について、展望をお聞かせください。
- 大きな目標としては、ヴェネツィア・ビエンナーレで具現化されている様に、現代美術は変容を続け、多種多様性な作品が生まれています。それは、時代の流れの必然であり、そういう作家・作品を取り込んで美術活動・展覧会を開催していきたいと考えています。
- また、2020年6月にベルギー展をブリュッセルのギャラリーで予定していましたが、コロナ禍で急遽延期にし、そのままになっています。来年は是非実現し、今後の海外展につなげていきたいと考えています。
- 喫緊の課題としては、どの美術団体も共通の問題ですが、会員の高齢化が進み、ベテラン作家が出品できなくなってくる、さらに若手作家の減少という現状があります。こうした中で、今回から体力的に大きな作品制作が難しいという作家や制作時間が取れない現役世代、経験の浅い作家にも挑戦しやすいように、小品コーナーを設けました。
- とても好評でした。今後も継続し、どんな状況でも作家活動が続けられるようにしたいと思っています。特に小品コーナーは若手作家の応募にも期待しています。
- 個展など積極的に活動している若手作家も国立新美術館や東京都美術館5m×4.8mの壁に展示できる話をすると魅力を感じてくれます。また、最近は、インターネットで当会のことを知り、申し込みをしてくれる作家も増えています。新しい意欲的な作家がどんどん加わって、今後、さらにユニークで多様な展覧会が開ければと考えています。
- また、作家や作品の質を上げ、魅力的な展覧会にしたいと思います。そのために多摩美術大学絵画科名誉教授の堀浩哉先生に依頼して講評会を実施しています。出品者の作品が少しでもアートに芸術に近づけるように、それぞれの作家の到達点に合わせ、アドバイスをしていきます。
- 参加作家からは、「今までは何をどうすればよいのかわからなかったりしたが、自分の課題が見えてきた、次の作品制作に意欲的に取り組めそうだ」等、講評の効果を感じさせる声が多かったですね。この講評会を始めてから、好評を受けた作家の作品クオリティーが格段に上がってきました。
- その他に、「作品の前で語り合う会」や「ギャラリートーク」など、出品者同士で作品について語り合い切磋琢磨するイベントも実施しています。
- 毎年定期的に作品を発表してこそ充実した美術活動が出来ると思います。多くの作家に汎美の活動に参加し、色々な機会を活用して成長していただきたいと思います。
講評会の様子
小品コーナー
中西祥司氏 「ひまわりNo.12 No.13」
―汎美術協会のこれからについて、教えてください。
- 愛知トリエンナーレの「表現の不自由展」への公権力の圧力が、改めて表現の自由の大切さを教えてくれました。昭和8年の創立以来の汎美術協会の理念「自由な表現と発表の場」を創設することの重要性も再認識させられました。
- 軍部による統制や第二次世界大戦、敗戦などなど、今までも社会の大きな変貌を受容しながら先輩方も活動してきたと思います。
- また、今年のヴェネツィア・ビエンナーレに観るように、作品テーマは現代社会が抱える様々な問題であり、表現方法は多種多様、現代美術は多様化し変容を続けています。
- 汎美術協会は、これからも自由な表現と発表の場の創設を実践し「汎美展」「汎美秋季展」での一層の充実を図っていきたいと思います。また、多種多様な作品を展示し、現代美術のエッセンスを観て頂けるような展覧会になることを期待しています。
(文・構成=村串沙夜子)
会場風景 2点
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