1933年(昭和8年)の創立以来、「すべての作家は平等である」との考えから無鑑査・無審査・無表彰の展覧会を開催している汎美術協会。若い世代の出品が増え、来場者から「新しい風が吹き始めた」という声も。東京都美術館で開催中の「2025 汎美秋季展」(2023年9月28日~10月5日)会場で、前代表の中西祥司氏と、新代表の小川猛氏に話を伺った。
ーまず、代表のバトンタッチについて経緯をお聞かせください。
- 中西 汎美は主要な役員任期を2期4年までとし、権力の集中やヒエラルキーが生じることを防ぎ、公平平等な運営を心掛けています。
- 私も先輩方、会員の協力を得ながら、事務局長4年、代表4年と汎美の持続的発展のため、時代の趨勢にあらがい、今、必要とされる美術団体、美術活動をするための改革を進めてきました。その流れを継続する汎美の今後を、この世界で活躍してきた小川猛志新代表に託しました。
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- 小川 世界的に現代美術の行き詰まりが感じられるようになっている中、あちこちで少しずつ芸術の基盤を再構築しようという動きが出てきています。汎美の美術活動もそれにならって、2026年から「羽化」をキーワードに更なる発展を目指していくことになりました。
- 羽化とは蛹が成虫になることをいいますが、これまでの殻を破り、変容を起こしていきたいという思いを込めて選んだ言葉です。
- ドイツの現代美術家、ヨーゼフ・ボイス(1921-1986)は、芸術の概念を教育や社会変革にまで拡大させた人物として知られています。芸術はすべての人間の自由な創造性によってのみ形成・発展されていくといった彼の「社会彫刻」の思想は斬新で、多くの芸術家に影響を与えました。それがいまや、個人の作品を発表・鑑賞する世界に戻ってしまい、さらに行き詰まっている状況です。
- 汎美はもう一度、ヨーゼフ・ボイスの言葉を支えにしながら、次のステップへ進んでいこう、次の社会をつくっていこうという意気込みで、新しい活動を始めます。
- これまでと同じ場所で、同じように公募展を行っていきますが、感覚的には何もないところから創り上げていくのに近いと思います。
ー汎美の活動は、もともとどういった思想がベースにあるのでしょうか。
- 中西 創立前年の1932年、日本は国際連盟を脱退し、戦争に向かい始めていました。国(軍政)は国民の生活や言論・思想を統制し始め、美術界も文部省(当時)の管理下に置いた官展・文展を頂点に、美術権力機構が整備、強化されて行く時代でした。
- そうしたなか、無審査・無賞・自由出品を原則とするフランスのアンデパンダン展の活動に学び、美術運動を開始したのが汎美術協会です。当時の日本にはすでにアンデパンダンを基本理念とした独立美術協会がありましたが、それに対しさらに斬新なことをやろうとして立ち上げた団体でした。設立時は新興独立美術協会という名称でした。
- 国の美術政策・美術権力機構に抵抗する弱小団体だったためか、活動の詳細を記録した資料は残されていません。自由な表現、展覧会活動を続けるために、創設メンバーはたいへんな闘いをしてきたのだと想像します。その歴史的価値を次の世代に繋げていくためにも、次のステップに、新たな活動に踏み出す決意をしました。
ー入選・落選など作品の優劣をつける審査はなく、文科大臣賞や汎美賞などの賞もないという当初からの姿勢を貫かれています。今回はセル画に付箋をたくさん貼り付けたユニークな作品もありましたね。
- 中西 そうですね。作家は平等であり、その表現に優劣をつける相対的な価値基準はあり得ないと考えています。相対的評価が無いから、自分の想いのままの作品が創れると、他の公募団体を経験した作家はつくづく実感しているようです。
- 今年で4回目になりますが、9月上旬に京橋のギャラリーで開催している緊急チャリティ展 「STOP the WAR!」 で知り合い、汎美展に興味を持ち出品する作家をはじめ、WEB経由で問い合わせてくる作家、汎美展を観て刺激されて話しにくる作家がいたり。そんなこんなで若い作家が増えています。今回の出品者は高校生から93歳までいます。そういう中で20代、30代が増えていて、来年開催の2回目の汎美ベルギー展にも出品申込するなど、意欲的な作家も増えています。汎美の明日に少し希望が持てる状況になってきました。
ーいろいろな作品がランダムに展示されているのもユニークです。
- 中西 他の公募展では、会場に入って最初に目に入る壁面に重鎮の先生方の作品があって、次に受賞作が並んでいるということが多いですよね。汎美は公平平等を運営の理念としています。その為、展示場所も公平を期するために、くじ引きで決めています。作品の展示状態を見て頂いてお判りになったように、くじ引きの結果だからランダムな展示になっています。今回は初出品の作家の作品が入り口からすぐ壁に展示されています。
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- 小川 若い作家の作品が増えたことで、会場が若返っていると感じます。固定化された汎美のイメージが変わりつつあるようで、来場した人の中には「新しい風を感じる」と言ってくれた人もいました。
- 出品している若い作家からは、「自由で平等なところがいい」「明るく楽しい」「ベテラン会員が偉そうじゃない」などと言われています。階層がないから話しやすいようで、「そういうのはもう古い」なんて言われることもあります(笑)。
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- 中西 会員数は10年前のほうが多かったんですが、活気は今の方があります。汎美は全員運営委員という考えで、会場係とか担当してもらいますが、これが世代間交流のきっかけにもなり、いい空気が生まれています。また、出品者同士が相互批評・切磋琢磨する機会として、「作品の前で語り合う会」「ギャラリートーク」「多摩美大絵画科名誉教授の堀浩哉先生による講評会」を開催し、出品者同士が作品やアートについて語り合う場を設けています。
ー小川代表は今回、ご自身の作品の前でパフォーマンスを行っておられましたね。若い作曲家さんが手掛けたオリジナル曲とのコラボレーション作品でした。
- 小川 美術作品を「観る」という視覚だけの世界に留めないで、五感に訴えることを意識した作品です。来年からは公募展以外にも、ベルギーやカンボジアなどの海外でも活動を行い、国際交流や新しい表現活動に取り組んでいきます。
- 美術の世界では、作品を鑑賞した人の生き方が変わることを「変容」といいます。それくらい力のある作品が生まれる場をつくっていきたい。そのためには何をしたらいいか。今、会員同士いろいろと議論しています。
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- 中西 具体的にどんな展覧会にするかというと、場は用意しますが、その内容を我々は決められません。ユニークな展示や活動をすることで、多彩な作家たちが参加し、出品するようになり、結果としてそれが活気のあるユニークな展覧会になり、美術活動になっていくものだと考えます。
- 我々が展開する活動を観たり、触れたりした人が触発されて「変容していく」、「新しい世界が開けたりする」、そんな刺激的な場を提供していきたいと考えています。
ーこれまでのように公募展を継続しながら、さらに新しい美術活動を展開していくということですね。運営面では、どのようなお考えでしょうか。
- 中西 春に国立新美術館で開催している「汎美展」はそのまま継続します。今、東京都美術館で開催している「汎美秋季展」を「汎美チャレンジ」として、「羽化」させようと具体化に向けて検討しています。
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- 小川 汎美では会員の推薦があれば非会員でも出品でき、作品は無鑑査・無審査で展示されます。また、多くの美術団体はまず準会員から会員になって、委員、理事というような階層になっていますが、汎美にはそれがありません。
- これが汎美の面白さの一つですが、公募展の運営には会員の手が足りない状況です。そこで「汎美チャレンジ」ではサロン制にするなどして、限られたメンバーで運営していく予定です。
- また、若い作家の経済的負担を減らして創作活動をバックアップしようと、「汎美チャレンジ」では入場料を頂き、その代わりに出品料を下げることを検討中です。
- また、区画展示ができる「個人コーナー」を新設したいと考えています。詳細が決まり次第、ホームページ等でお知らせします。
- 来年から始まる「汎美チャレンジ 2026」展に意欲溢れる作家が、私たちと共にチャレンジしてくれることを期待しています。
(文=中山 薫)
「2025汎美秋季展」共同作品
展示風景
海外からの作品
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